2020年3月31日付をもって、16年間務めてきた自衛官人生を終えました。今日は退職を決意した理由を語ります。ちなみに上の写真は、私が計画した最後の大隊訓練の時に、富士山が綺麗だったので黄昏ながら撮りました。
自衛官を退職した主な理由
・仕事がキツイ
・家庭が犠牲になる
・人間関係がめんどくさい
これが、主な理由です。
仕事がキツイ
陸士の頃は全くきつくもなく、むしろ「仕事覚えなきゃ!」ってカンジでした。
陸曹になると仕事も覚えて、いろいろ任されるようになりました。基本的には通信関係の仕事で、通信器材の維持・管理業務、駐屯地内の電話工事などに加え、班の訓練やったり補給業務やったりといろんなことをやりました。たまに銃剣道とか持続走とかの錬成隊に入って競技会に向けて錬成したりしました。
ここでキツかったのは、通信障害になったり、雷が鳴ったりするとすぐに呼び出されることです。彼女とデート中でも関係ありません。仕事が優先です。
また、群長(1000人くらいのトップ)のドライバーを2年くらいやったんですが、朝6時に出勤して夜12時に帰るみたいな生活でした。平日は結構キツかったんですが、休日は遊べたし独身だったので、何とかなりました。
これまでで何回か辞めようかなーと思ったこともあったんですが、今まで関わってきた人たちが頭に浮かんできて、いつも踏み止まっていました。
そしてどうせなら幹部になってみようと思い試験を受け、幹部になることができました。
幹部になってはじめの2年は派遣隊長と言って10人くらいの長になり、結構好き放題できたので楽しかったんですが、次のポストは地獄でした。
運用訓練幹部といって大隊(250人くらい)の訓練を計画したり、他部隊の訓練支援を計画したりするんですが、人員不足のため通信関係もやっていたのでいくら時間があっても足りないという状態でした。
また結婚して子供もいたので、夜は8時には帰るようにしてたんですが、それだと部隊に迷惑がかかるし、でも家には帰りたいしというカンジで人生の充実度が下がっていくのを感じました。これが一番キツかったです。
家庭が犠牲になる
仕事が遅く残業もそれなりにしていたので、妻にたくさん苦労をかけました。時には仕事でイライラして妻にあたってしまったこともありました。育児もほとんど面倒みてませんでした。
月1回の当直、大隊訓練、師団演習、台風、山火事などの災害派遣で家にいないことが多くありました。
気がついたら代休が25日貯まっているのに休める状況になく、家庭にはほとんど目を向けれませんでした。
人間関係がめんどくさい
まず、上司がコロコロ変わります。そして自分も異動するので更に周囲の環境は変わります。
いい上司になれば調子よくなるし、悪い上司になれば調子悪くなります。だいたい悪い上司は上に忖度するか、仕事しないかです。
また、どんなにポンコツな部下でも育てなければいけません。私生活にも踏み込んで、「どんな隊員か、彼女はいるのか、借金はあるのか」とか「それは踏み込みすぎだろー」ってこともやらされます。
そんな人間関係に疲れてしまいました。
終わりに
まだまだ書ききれてないことだらけですが、退職した理由でした。自衛隊は誇り高い職業ですが、その分、自分が犠牲になります。退職を決断するのは死ぬほど悩んだんですが、今は家庭での時間が多く幸せを感じています。
しっかり稼げるようになって、もっと幸せになれるように頑張ります。
それでは、また
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